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こたえ

答えがないからこそ面白くて、

答えがないからこそ模索のしがいがあって、

答えがないからこそ失敗の先に後悔がなくて、

答えがないからこそ自分で見つけるしかなくて、



そうか。

答えがないこと。

それが答えだ。
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by tokyo100k | 2013-04-26 00:00 | Comments(0)

臨港パーク

行って来たーーー。

あ、仕事でね。

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ストレスフルだったこの2ヶ月、いろーーーんなものを失ってしまったけど、

しかし、よくよく考えてみると、「これを失ったら(精神的に)死ぬ」というものを、逆に確実に得てしまったわたしに、つべこべ後悔する資格はない。

それがなければ、今後何に恵まれたところで、元の木阿弥に戻るだけなんだ。

同じ場所には、いられない。
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by tokyo100k | 2013-04-15 00:00 | 仕事 | Comments(0)

自分へのご褒美に、温泉

豪華ディナーとか憧れのブランドとか、「自分へのご褒美」って、よくある働く女性のテーマだと思うんだけど、

今のわたしに一番のご褒美は、体にいいこと、だなぁ~。

温泉とか、新鮮な野菜たーっぷりとか。少なくとも豪華ディナーや憧れのブランドに、興奮してテンション上げるエネルギーが残ってない。



そんなわけで、今日はちょっと早めに帰って(とはいえ20時)、お茶の水の江戸遊へ。スーパー銭湯と見せかけて、実は温泉に入れるのです。

温泉入ると、本当に体軽くなる。年取った証拠かもしれないけどw



江戸遊以外にも、この界隈はいい温浴施設が多数あり、癒されるより汗をかくことがメインの日は、水道橋にあるシビックランドがいい。

スポーツジム含め、サウナにはいろいろ入ってますが、ここのサウナは、ピカイチ長く入れる!

よくよく説明書きを読むと、湿度のコントロールを工夫して、長く入れるようにしてるんだって。へー。ちなみに施設はレトロです。
※2014年に閉店



水道橋といえば、有名どころでラクーアもあるけど、ここは高いし観光地だから、みんなでワイワイ使いですね。



さっ、今日は熟睡しよーーー。
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by tokyo100k | 2013-04-10 00:00 | 健康 | Comments(0)
4年ぐらい一緒に住んだ人と、別れるときに毎日聴いていたのが、くるりの「キャメル」という曲だった。歌詞がドンピシャだったのだ。



♪いつまで経っても変わらないことは、確かなものなんてないことだ



行く川の流れは絶えずして、しかも元の流れにあらず

といおうか、

月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり

といおうか、

「変わらないものなんか何もない」というそのメッセージが、変わらないまま終わったわたしたちの関係に、深く深く突き刺さったのであった。



「現状維持は退化である」と、ビジネスの世界ではよくいわれる。だけどそれは本当は、全てにおいて共通なんだと思う。

「退化」とはいえ生き抜けば、死ぬことはきっとないんだろうけど、果たしてそれって、生きてる心地するんですか?っていう。そういう意味で「死」を意味するんじゃないんですか?っていう。



変わること。変えること。何か1つでも変えること。遅々として進まないとしても、決して止まらないこと。

人が何をいうかは分からない。けれど、わたしの人生を誰よりも大事に、そして楽しみに出来るのは、わたし自身だって信じること。



あー、今日もやっぱ、まともだわ。
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by tokyo100k | 2013-04-09 00:00 | 私について | Comments(0)

好きなこととか趣味とか

・春の花屋さん
・旅行の計画を立てること
・古都
・遊び心のある大人
・緑の中で目覚めること
・週末に食べるちゃんとした朝食
・キュンキュン系の少女漫画
・あれこれ考えること
・号泣系の映画
・知らない街に行くこと
・サウナと水風呂
・親しい人と4人ぐらいでする飲み会
・成長を実感すること
・ジムで汗を流すこと
・Excel
・数字(家計簿とか)をぱちっと合わせること
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by tokyo100k | 2013-04-08 00:00 | Comments(0)

磨く≒選択と集中

子供の頃、わたしは不思議に思っていた。

自分と同じ「子供」というのは、大体どの子も似たようなもんだが、一方「大人」は、いろーんな人がいるもんだ、と。

表現を変えれば、大人にはいわゆる「個性」があって、子供にはそれがない。もちろん実際はそんなことないだろうし、子供を取り巻く「学校」という共通の環境が、そんな風に思わせたんだろうけど、とにかく当時は、そんな風に考えていた。



18歳ぐらいの頃、わたしは個性的な人に会いたいと思っていた。

「まとも」を絵に描いたような親に育てられ、片親だし貧乏なのに、何だかんだまともに育ってしまい、一方で劇団員とかバンドマンとか、個性の塊のような人に憧れて、というよりコンプレックスを抱いていた。

で、そんな人の集まるのが東京だ、と思い、東京の大学を受験。。。



それでも結局、度胸のないのがわたしの性で、個性的な人に憧れても、直接関わるのは自信がない。そんなこんなで、割とまともに4年間を過ごし、自分の中で何も開花しないまま、就職。



その、鬱々としたエネルギーが爆発したのは、25歳の時だった。今考えれば何でもないような仕事のストレスをきっかけに、韓国で日本語を教えることになったのだ。「自分の才能(→言語能力だと当時は思っていた)を生かしたい!」って、本気で思っていたのも、今考えればコンプレックスの裏返し。

仕事は大変だったけど、親の反対も押し切った手前、言い訳だけは出来なかった。そしてその時の苦労があったから、今、ある程度主体的に、仕事に取り組めるようになった自分がいるんだと思う。



そして今、また転機を迎えている。

今までは、得意の「まとも」でどうにでもなったけど、それが飽きを迎えたから、仕事を変えることにしたのが9月。そして後任が決まり、いよいよ転向したのが3月。

慣れない仕事に、戸惑うこともあったけど、ようやく整理がつきだしたのは、冒頭に書いた「大人」というものに、いよいよわたしもなるときが来た、と思うからだ。



「大人って個性的である」と、子供のわたしは思っていた。

みんな生まれたときは、似たような形(なり)をして生まれているのに、いつかどこかで分岐点を迎え、「わたし」という個性を持った人間になる。

個性になる時、その時こそが、「大人」になる、その時なのだ。



じゃ、「個性的になる」ってどういうことなのか。それは「磨く」ってことだと思う。

「磨く」を辞書で引くと、①表面を研ぐ ②汚れを取る ③念入りに手入れをする ④努力して上達する ⑤栄えを増す とかいろいろあるけど、要はね、「捨てる」ことでしょ。



もしかするとわたしにとっては、ずっと違和感を持ち続けていた、「まとも」さを捨てることなのかもしれない。

表現を変えると、「清濁併せ持つ」とかね。自分の中で優先順位をつけ、低いものは気にしない、ってことだったりね。

ドイツのことわざで、「誰からも嫌われない人は、実は誰からも好かれていない」的な言葉があるらしいけど、拡大解釈すれば、わたしが長年善しとしていた「まとも」って、実はリスクもないけれど、メリットもないんじゃないかって、だからそれに気づいた「大人」は、リスクを承知で何かを捨て、個性を磨くことを選んだ結果、子供のわたしが思っていた、「大人は個性的」という状況に至ったのではないか。であればわたしも、最大限にそうするよね、っていう、そういう心境に至った。



人はいうだろう。「無責任じゃないか?」とかいろいろ。

だけど本当に大事にしなきゃいけないのは、わたしの人生を本気で大事に考えられるのは、何を隠そう(?)わたしひとりしかいないんだってこと。



本当は、みんなと協力するのが楽しい。自分を優先する余り、ギスギスした環境になるのはイヤだ。

けどね、「磨く」っていうことは、ある種の選択と集中なのだ。

相手に合わせるばかりが、いいことだとは限らない。自分まで犠牲にしていいわけじゃない。だって世の中の人はわたしが思うより、ずっと磨かれてて、個性的なんだから、今度はわたしの番だって、いいよね。
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by tokyo100k | 2013-04-03 00:00 | Comments(0)

結婚もキャリアも大して興味ないけど、世界平和と自己啓発は志向している八重洲OLのブログです。


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